クラムボンは笑ったよ

見えないもの 根っこ、端っこにあるものを描きたい

『チョコレートのパレード』

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※この写真をジィーと見てから読んでください

 

『チョコレートのパレード♪』(童話)

 

5/5子どもの日🎏パーパーンパンパパパー♪チョコのパレードが華やかな行進🍫

 

キラキラ輝き『人に食べられたい』と言う。

 

えっ?食べられたい?

 

『人の体になれるからね♪楽しむ♪には”人になるのが一番”さ』

 

お話しは、おしまいです!

 

もう一度、写真をジィーと見てください!チョコレートのそんな声が聞こえてくるでしょう!

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はらた けんじ

 

ここからは、ロッテが紹介していたチョコレート🍫の記事を引用させて頂きます!どうぞ!

 

チョコレートは神様の食べ物

紀元前から、古代メキシコではカカオは「神様の食べ物」といわれ、大変高価なものでした。
16世紀の初め頃、アステカの皇帝モンテスマはとても貴重な飲み物として黄金のカップで1日に50杯ものショコラトル(チョコレートのこと)を飲んでいたといいます。当時のチョコレートは、今とは違って、カカオ豆をすりつぶしたドロドロした飲み物で、人々はそれにとうもろこしの粉を加えたり、バニラやスパイスで香りをつけて飲んでいました。
 

ヨーロッパに渡ったカカオ
1519年、モンテスマ皇帝の前に1人のスペイン人が現われます。カカオをヨーロッパにもたらしたフェルナンド・コルテス将軍です。メキシコに遠征したコルテス将軍は、皇帝にチョコラトルをご馳走になり、その未知の味にビックリ。部下の兵士に飲ませて元気をつけさせたとか。

1528年、戦利品と一緒に持ち帰られたカカオとショコラトルはスペインに持ち帰られました。 その後、砂糖などを加えた甘い飲み物として、ヨーロッパ全土に広まっていきます

 

カカオが「飲むココア」と「食べるチョコレート」に変身
スペインにカカオが伝わってから約300年後、オランダ人のヴアン・ホーテンは考えました。「ショコラトルを飲みやすくする方法はないだろうか?」。
そして1828年、カカオに含まれているココアバターを搾り取り、ココアパウダーを発明しました。ヴアン・ホーデンの発明は、渋く、苦く、くどかったチョコレートの欠点を解決して、ココアを一般大衆の飲み物としました。
このココアの発明は、現在のチョコレートにつながる重要なきっかけとなりました。

1847年イギリス人のジョセフ・フライは、カカオ豆をすり潰して砂糖を加えたものにココアバターを加えて、今のチョコレートの原形を発明しました。
これが、「食べるチョコレート」のはじまりです。

しかし、「食べるチョコレート」はまだ苦味が強く、一般に普及させるにはもう少し工夫が必要でした。
そこで、チョコレートにミルクを加えてまろやかにしたのがスイス人のダニエル・ピーターです。
1876年に誕生したミルクチョコは、甘く、口当たりが良く人々を魅了しました。
こうして、チョコレートはさらに改良が重ねられ、世界中に広がっていったのです。

 

「西洋菓子・猪口令糖(チョコレート)」が日本に登場
メキシコで生まれ、ヨーロッパで成長したチョコレートが日本に初めて伝わったのは18世紀末頃といわれています。当時、日本はまだ鎖国をしており、唯一外国に門戸を開いていた長崎に、「しょくらとを」という名前で伝わりました。
また、国内で初めて販売されたのは、1877年(明治10年)になってからのこと。
当時の新聞には、チョコレートを漢字で表わした「猪口令糖」の文字が見られます。
ただし、全国にチョコレートが知れ渡ったのはもう少し後になります。
大正に入って全国に広がり、その後第2次大戦後にチョコレート産業が飛躍的に成長。
チョコレートづくりの技術が進み、多様なチョコレートが生まれました。

チョコとクッキーも相性が良いですね💕

以上です!

 

最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました!