『ツバメとカラス避け』(実話を元に書いた話し)
※親切にした事が 相手にとって決して良いとは限らない‥
『チュピチュピチュルルルルル』春の柔らかな日差し浴び、泥と枯草を唾液で固め、何千回と風の上を滑って巣作りをする黒い影があった。
その黒影はツバメだ。
矢より早くシュシュと行き来する影は、まるで空そのものがあちこちせわしく動いている様にも見えた。
ツバメらは これから卵を産んで、子育てをする準備をしているのだろう。
いつもと変わらぬのどかな風景を行き来する小さな黒い影に 突如、大きな影が覆いかぶさり真っ暗に消えた。
どうした事かとよく見ると、大きい黒い影は天敵のカラスだった。『カアカアカアー!』と猛スピードで、ツバメを追いかけパッと小さな影と大きな影が一つになった…。
食べられてしまったのか?
いや。ツバメはとても素早いのだ。しかも人間の住む家の軒先に逃げきり助かった。ツバメは、ふうっと胸を撫で下ろしハアハアと息をついて休んだ。そこへ、サッと黒い影が飛び込んで来た。ドキっとしたが、それはカラスではなくて、オスのツバメだった、二羽は無事に天敵から逃れられて安堵し合った。
外ではカアカアカアーと喚き 頭の良いカラスも人間を恐れ民家に迄入って行けずに、ただその周りを口惜しそうに何回も何回も飽きずにグルグル回り悔しがるばかりだった。
翌日、巣作りが完成した。ツバメは卵を産み落とし、やがてヒナがかえった。ツガイは昆虫などの餌を巣へ運び子育てをした。
しかし、カラスは諦めず毎日毎日ツバメを追ってくる。ある日、ジリジリと軒下のほんの近くまで迄寄って来たのだった。ツガイのツバメは、自分たちが餌をとりに行ってる隙に、ヒナが食べられてしまわないかと不安な時間を過ごした。
それを見ていたツバメが住む人家の百姓男が可愛そうに思いどうにか助けたいと思った。ある日、その百姓がカラス避けの青く細いビニール製の大網を張って巣の周りを囲い、カラスが入って来ないようにした。頭の良いカラスも網に引っかかるのを恐れ、それ以上近寄って来なくなり、百姓を良いことをしたと自負した。
ヒナも少しずつ大きく成長し、いつか巣立つことを親ツガイは楽しみにしていた。餌取りにもより一層精を出し頻繁に外の世界へ行った。
今日もメスのツバメは、いつも通りに餌を運んで巣に戻ろうとした瞬間、黒い巨大な影が猛スピードで追いかけて来た。
メスのツバメは、くわえていた餌を落としサッと避けて巣に入ろうとしたその時、カラス避けの網に引っかかって、あろうことかグルグルと絡まってしまったのだ。
もがけばもがくほど一層絡み、1時間、2時間、3時間…とうとう力尽き動けなくなってしまった。
後から、巣に戻って来たオスもツバメは成す術もなく周辺をただグルグル回ることしか出来ないでいた。
こうなればもう百姓が帰って来て助けてもらうしかないのだが、いっこうに帰って来る気配は無い。メスのツバメは徐々に弱っていった。小さな丸い目から一滴の涙が流れ落ちた‥とうとう命尽き果ててしまった‥。
それらを側で見守っていたオスのツバメは涙を流し泣いた。ヒナもその異変を感じて一緒に泣いた。
その日の夜遅く畑仕事を終えた百姓が帰ってきた。
ふとツバメの巣を見上げると、カラス避けに引っかかっているメスもツバメを見て「大変だ!」と急いで下ろしたが、既に冷たくなったツバメを手にした百姓は何が起こったかハッキリわかった。
今度はツバメの体に百姓の涙が落ちた。百姓はツバメの命を守ろうとしたことが‥ツバメに酷いことをしてしまったと悲しんだ。
そしてツバメの目線になれなかったことを悔やんでも悔やみ切れなかった。
カラス避けを外してからのある日、二羽のツバメが餌を運んでいるところを百姓は見た。
あのメスのツバメが生き返ったのかと思ったが、土に埋めてお墓迄作ったのでそんな筈はないと思いハシゴで上がって巣を覗いてみると‥ヒナが増えていた。
あっ!と百姓は思った。新しいメスだ!
百姓は、ハシゴから飛び降り転けそうになりながら子どものように走り回った。
前のメスが産んだヒナに巣立ちの日が近づいていることも分かり、百姓はより一層喜ばしく思え、あの時依頼 初めて笑みがこぼれたのを本人は全く気づいていない。