クラムボンは笑ったよ

見えないもの 根っこ、端っこにあるものを描きたい

『生まれ変わり』(短編小説)

『生まれ変わり』 作/はらだ けんじ

 

『あっ、これは!』私の体に衝撃が走った!

 

台所の流し台から床へ逃げ惑うゴキブリを見つけ、スリッパを履いた足で踏み潰そうそうとしたその瞬間、頭がモワッと光りあの時の事が鮮明に蘇ってきた

のだ。

 

そうだ、あの光景もまさしくこうだった・・・ただ、あの時は・・・。

 

あの頃の私の住処は、昼間でも光が入らないジメジメとしたカビの臭いが辺り

一面広がる真っ暗な狭苦しい所だった。

 

しかも天井が所々低くそこを通ると、体を擦ってしまうのだ。

 

だが、この暗く狭い部屋を出たら、そこには真夜中でも眩しく明るくて、私の部屋の五十倍以上もあろうかという位の広々とした部屋が四方に広がっているのだ。

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私はそこにいるだけで息苦しくなる、あそこへは行きたくないと常に思ってい

る。

 

この真っ暗な部屋には、私の親や兄弟姉妹、親戚、友人など沢山の人数がひし

めき合って生きている。

 

ここには何人住んでいるのだろう? さっぱり分らない。

 

冗談言うなって怒られるかもしれないが本当のことだから仕方ない。

 

なぜなら次から次に、生まれて、次から次に死んでいく・・・。

 

いや・・・殺される、と言った方がいい。

 

そんなことで、ここにいる人数を数えることは、森の落ち葉を数えるのと同じくらい分からないことなのだ。

 

昨日の夜、私があの眩しい部屋が大嫌いだと言うことを実感させられた大事件が起きてしまった。

 

あの眩しい部屋の板張りを真っ直ぐに通りぬけると、畳が敷いてある部屋がある。

 

そこには仏壇があって、ミカン、メロン、桃など丸い果物が置いてあった。

 

昼間は沢山の人がいて、お経のような声がしたので恐らくお盆ではなかろかと思う。

 

猛暑で拝んでいた人たちの汗の匂いが充満してた。

 

やがて日が暮れて夜になると数人ずつ帰っていった。

 

眩しい部屋では、父親と母親、姉、妹の4人だけになり、一家団らんの時を過ごしていた。

 

だが、その和やかな静寂を破って、突然、私の目の前でとんでもないことが起こったのだ。

 

それは、私たちの暗い部屋に生まれた時から一緒にすんでいる親友のチャとの会話から始まった。

 

チャ『おい、クロ、ちょっと』

 

クロとは私の名前である。チャが明るい声で私を呼んだ。

 

チャ『あの眩しい部屋の仏壇に、うまそうな桃が供えてあるぜ!ちょっくら行って、お前らの分までチャチャチャと貰って来てやるわ』

 

クロ『馬鹿言うな!あんな明るいところに出て行ったら、見つかって殺されてしまうぞ』

 

チャ『大丈夫、大丈夫!あいつら鈍いんだから。潰そうとしても俺には壁がゆっくり近づいてくるようにスローモーションにしか見えねぇよ』

クロ『その油断が命取りになるんだぞ!あいつらは毒を持ってるんだ、俺たちの仲間があれでどれだけやられたか・・・、明るい所に無闇矢鱈に行ったら終わるぞ』

 

チャ『お前、そん腰抜けじゃ生きていけねぇぞ。あいつら鈍いんだから安心しろ。桃を獲って来らおめぇに腹いっぱい喰わせてやるから、お前はそこで見張っててくれ』

 

クロ『おう!奴らが寝て電気が真っ暗になったら行ってくれ!』

 

チャ『バカ野郎!電気が消える前に、あいつら、あの桃喰っちまうぜ、いやあの冷蔵庫に入れるかもしれないんだ。俺たちゃそれでいつもバカ損してるじゃないか』

 

クロ『落ち着いて考えろ!いくら旨いもの喰えても、死んでしまえば意味ないじゃねぇか』

 

チャ『意味だと?旨いものを喰って幸せな気持ちになる、それから子どもを増やす!それだけが俺たちの生きる意味じゃねぇのか?他に何があるんだ?』

 

クロ『それは・・・』

 

チャ『桃も喰えねぇ人生なんてもう終わってるよ!この家はどこもかしこも綺麗に掃除しやがって、俺たちの食物なんか何もないんだ!見ろ!あそこにあんな熟れた甘い匂いがする桃があるんだ、おれたちゃあの桃を喰うことが唯一の幸せなんだよ』

 

クロ『・・言いだしたらきかないのがお前だったな。ここで見張っとくよ。何かあったらガリガリって音をたてるから、その時はすぐ戻って来るんだぞ』

 

チャ『OK!』

 

クロ『いいか何度の言うけどガリガリって音がしたら迷わず戻れ!』

 

チャ『ホイホイ。お前にもはとびっきり甘い桃を持ってきてやるよ』

 

クロ『絶対の戻ってこいよ・・・』

 

(チャの行く様子を何かの音で表す。急に音が止まって、『ガサガサ』の音)

 

クロ『チャ、戻れ!戻れ!聞こえないのか?危ない!後ろだ!ホラ見つかった!逃げろ、逃げろ、チャ、チャ』

 

(鈍い音がする)

 

クロ『う、嘘だ、チャ、チャ、チャ!』

 

人間の母『もう、お父さんはダメね。いつも私なのよね。さやか、さやかちゃん、ボリ袋持ってきて!』

 

そして、チャは人間の家族4人に囲まれゴミ箱へ処理された。

 

彼は、甘い桃を味合う事もなく、私の前から煙のように消えて行った。

 

闇の世界の私たちを残したまま・・・。

 

(何かの音が鳴り響いている)

 

私の頭の中にはチャの言葉が渦巻いていた。

 

『旨いものを喰う!そして子どもを増やす!それが俺たちの幸せじゃねぇのか?他に何かあるか?』これを言われて何も言い返せなかった、その通りだからだ。

 

今の私たちはこれを目的に生きているだけだ。

 

でも何処かで本当はもっと何かあるんじゃないかって思っている。

 

私は何の為に生きているのか?なぜ異常なまでに殺され続けなければならないのか?

 

妹『ギャーッー!』

と、その時、ここの真っ暗な部屋から妹たちの悲鳴が聞こえた。

 

クロ『おい!どうしたんだ?何があった・・・、この暗い部屋は安全なはずだぞ!おい!誰もいないのか?返事しろ!』

 

アシダカグモ『はい!いるよ』

 

そこへ、何者かが私を羽交い絞めにした。

 

クロ『何だ!誰だ!何する!離せ!やめろ!』

 

アシダカグモ『フッフッフッフッフゥー、こん~なに簡単に捕まえちゃった~、間抜けなやつだぁ~』

 

クロ『うわぁー、お前は、アシダカグモだな』

 

アシダカグモ『お前はなんていいやつなんだ。そんな怖がりなさんなってぇ~、クェクエェクェーのクェ』

 

クロ『・・・好きにしろ!丁度良かった。私を早く喰ってくれないか!』

 

アシダカグモ『クェクェ喰えって?・・・ちょっと引いちゃったよ。マジか、お前・・・ココいかれてんのかぁ~?』

 

クロ『お前から見たらそうかもしれんが、俺はあくまで正気だ!』

 

アシダカグモ『ぐぇ~、お前、死ぬのが怖くないのか~』

 

クロ『いや、今は早く死にたいと思っている』

 

アシダカグモ『クェ~、何?意味不明~だよ、オメェ~。まあ、喰っていいのなら喰っちま、おうっ~と。そういや~朝、湯呑に茶柱立ってた』

 

クロ『待て!』

 

アシダカグモ『もう、茶柱立ってたって!』

クロ『お前に聞きたいことがある』

 

アシダカグモ『何だ、聞きたいことって?』

 

クロ『お前は、何の為に生きているんだ?』

 

アシダカグモ『クックックッー、お前やっぱおかしいよ』

 

クロ『いいから、答えろ。何の為に生きているんだ!』

 

アシダカグモ『クェ~、えっとぉ~。あ、あ、喰う為だ』

 

クロ『それだけか?』

 

アシダカグモ『ああ、それだけ。そして、うひ、べっぴんな彼女見つけて結婚して子どもつくる・・・キャーはず!』

 

クロ『お前確か、やつらに嫌われているよな』

 

アシダカグモ『いいやそれは違う!モテてるよ、だって人間に嫌われてるあんたをこうやって喰ってるんだもん、たぶん眩しい世界に住むやつらのヒーローってとこだねクェート!』

 

クロ『ヒーロー、無理があるな』

 

アシダカグモ『お前、普通じゃないな。俺を怖がらないし、妙に何か悟ったようなツラして』

 

クロ『俺は、今日で俺をやめるんだ!』

 

アシダカグモ『クェ~、なぬ、やめる、なぬ?』

 

クロ『俺たちは恐竜が生まれるもっと前の石炭紀からこの地球に住んでいるに全然進歩していない、後から生まれてきたアイツ等に簡単に殺されている』

 

アシダカグモ『まあ、惨めといえば惨めだね』

クロ『何も進歩がないっていうのがたまらないんだ!』

 

アシダカグモ『普通そんなこと考えるかクェ~』

 

クロ『お前らは神様の使いって言うじゃないか』

 

アシダカグモ『まあ、そのお陰で朝は殺されないよ』

 

クロ『お前、どうしたら人間に生まれ変われるか知らないか』

 

アシダカグモ『クェ~、人間に、お前まさか人間になるっていうんだか?いやらしい、いやらしい!』

 

クロ『いいから教えろ!』

 

アシダカグモ『何かの役に立つようなことをすればなれるぞ』

 

クロ『で、どうしたらいいんだ』

 

アシダカグモ『簡単じゃん~、あいつらに食べられたらいいのよクェ~』

 

クロ『バカ野郎!そんなの不可能じゃないか』

 

アシダカグモ『いいやそうでもないぞ、カンボジアに行けば人間はお前たちをうまそうにを喰ってるらしいぞぅクェ~キモイ』

 

クロ『そうか、そうか! ありがとう!じゃな!』(去る)

 

アシダカグモ『まあね~・・・むん・・って、あれ、あれ~、俺の餌が逃げたよ~、喰っていいって言ったじゃんかよ、あいつらじゃないよ、俺に食われろよぉ~クェ~』

 

私は、東南アジア行きの貨物船の荷台に乗り込み、カンボジアへ旅立った。

 

もちろん、荷物にまぎれて。

 

そして見事人間に捉えられて市場に持って行かれ、油で揚げられ調理された。

 

その市場へある観光客の日本人がやって来た。

 

カンボジア人『チョットアンタ、ニホンジンカイ?』

 

日本人『ええ、そうです日本人ですが・・・』

 

カンボジア人『コレタベナテミテ、ウマイヨ!』

 

日本人『それ、何ですか?』

 

カンボジア人『ゴキブリサァ』

 

日本人『うぇー、ゴ、ゴキブリ・・・うぇ~、無理無理、ダメ、ダメ!』

 

カンボジア人『コノクニニキタラ、ゴキブリタベルノハアタリマエサ、ニホンジンがナマザカナタベルノトオナジジャナイカ

 

日本人『それとこれとは全然違いますよ!』

 

そこへ、イギリス人が笑顔でやって来た。

 

イギリス人『ヘイ、スイマセン、ワタシ、イギリスカラキマシタ、ダカラコノクニノショクジガシタイデス、アナタノオススメノモノクダサイ』

 

カンボジア人『アアソレナラ、ヤッパリ、ゴキブリダネ。ハイ、ドウゾ、イッピキオマケスルネ(ゴキブリの唐揚げ2匹渡す)』

 

(イギリス人、美味そうに食べる)

イギリス人『オウ、ノウ、ゴキブリ、ホントウニウマイデス!アジガイイデス、

エビのヨウナ、カニノヨウナ、モウホントウニ、サイコウナアジデ ス!(ゴキブリかじる)アア、ウマイ、ウマイ!』(去って行く)

 

日本人『そうだな、折角ガンボジニアに来たんだし、それ私にも下さい、ゴキブリ下さい』

カンボジア人『ホイ、ウリキレデス!』

 

日本人『(ちょっと躊躇するが、思い切って食べる)せーの、うぇ~』

 

カンボジア人『オアジハドウ?』

 

日本人『・・・うん?うん、うまい!うまいよ!まさしくこれはエビだ!カンボジアのゴキブリはやっぱり日本のとは違うよ、食用だから綺麗なんだよな~。カンボジアのゴキブリは旨い!』

 

カンボジア人『オキャクサン、デモ、ソノゴキブリハ、ニホンノカモツセンデツカマエタゴキブリダヨ、ダカラ、ニホンノゴキブリヨ』

 

日本人『えっ?えっ、おっ、おえっ~』

 

こうして私ゴキブリは、人の食べ物になってを人の貢献したのだ。

 

そして今度は天国へ旅立ち、神様に会った、人間に生まれ変わる為に。

 

クロ『神様、どうか人間に生まれ変われせて下さい』

 

神様『どうして人間になりたいのじゃ?』

 

クロ『食べて、結婚して子どもをつくるだけで終わる人生が嫌で嫌で仕方ないんです。ゴキブリは、何億年たっても、なんにも進化しないじゃないですか?耐えられません。でも人間なら車に乗ったり、宇宙にいったり・・。』

 

神様『よかろう、お前はゴキブリなのに奇跡的に、人間に貢献することができた、そのポイントがかなりたまっている。ので、人間にしてあげる』

 

クロ『はい!はい!』

 

神様『(変な祈りをして)よっしぃ~。ホイ!人間に生まれ変わった、希望通りに、努力して人間らしく進化していくんじゃぞ!』

 

こうして私はゴキブリから、人間に生まれ変わり、50年間生きてきた。

しかし、その人生は、進化どころか、ゴキブリと同じだった。

 

何を間違えたのか何もなく平々凡々と過ごした。

 

そして気がつけば、台所でゴキブリを見つけてスリッパで踏みつけようとしていたのだった・・・。

 

で、その瞬間、前世のゴキブリの事がフラッシュバックされて思い出されたのだった・・・。

 

クロ『そうだ、そうだったんだ・・・』

 

私は、今、ゴキブリの時に考えた事が蘇ってきたのだ・・・そして。

 

クロ『俺は今まで何やってんだ・・・』

 

私は全身の力が抜けていく感じがした。

 

人間として生まれたのに、いつのまにか人生の半分以上は過ぎてしまっていたのだ。

 

折角進化できる最高の生き物になれたのに、このままじゃ暗闇に住むゴキブリ人生と変わらない。

 

それにやっと気づきとめどない不安が襲ってきたのだ。

 

よくよく考えてみると、人の心もゴキブリと同じで狭く真っ暗なところに住んでいる、ゴキブリの暗闇の世界と人間の心の暗闇は、同じじゃないかと・・・。

 

私は、今から踏み潰そうとしているゴキブリを見て、これはゴキブリの姿をしているが、人間そのものじゃないか!・・・。

 

そうだ!そして私はやっと悟ったのだ!狭く暗い所に住んでいるゴキブリのような人間たちを明るいところに出したい!と。

 

 

真っ暗な所で苦しんでる人の話を聞いてやりたい、喜んだり、悲しんだり、色んな事を家族のように一緒に分かちあい、明るく眩しいところで力合わせ生き生きと向上させていきたい!

 

そうだ!これから俺がやることは、そういう人の為になることをやれ!この足元にいるゴキブリがそう言っているような気がした。

 

私はそんな事を考えながらゴキブリを眺めてハッとした。

 

クロ『・・・お前か、お前チャだな、お前またゴキブリに生まれ変ったのか!』

 

私は、上げていた足をそーっと戻し、ゴキブリが冷蔵庫の下の暗闇の世界に逃げ去っていくのをしばらく眺めてたいた。           

 

おわり