クラムボンは笑ったよ

見えないもの 根っこ、端っこにあるものを描きたい

【黒電話さん最後の電話】

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"写真ドラマ"

※写真をジィーと眺めて読んでくださいね!

【黒電話さん最後の電話】

『りりーりん!りりーりん!

もしもし私のこと少し聞いてくれますか?

私には線が有って移動出来きません。

ダイヤルでジイーと重い音がして遅いです。

 

SNS出来ない、写真撮れない。

財布代わり‥LINEって何だろう⁇

 

長年で‥もう気力がない‥

でも、沢山の人と出逢えて楽しかった。 

 

そして‥愛を伝えられた‥

だから満足‥‥

 

つぅーうっーつぅーうっー‥』 

 

物語は、おしまいです

 

もう一度、写真をジィーと眺めてください。黒電話さんのそんな声が聞こえてくるでしょう!

はらだ けんじ

[写真は↑↑福岡県北九州市小倉南区うどん屋さんが今でも使用されている実用電話機]

 

では、初期電話機のことを下記を一部引用させて頂きました。

 

🍀🍀🍀🍀

 

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教科書でもおなじみ、グラハム・ベルが電話機を発明してから14年後の1890年(明治23年)に、日本初となる東京〜横浜間での電話サービスが開始。 明治23年といえば、第一回目となる衆議院の総選挙や帝国議会が開かれるなど、日本が近代化に向けて本格的に動き出した年だ。

 

開局当時の電話代はいくらだったのか? 資料によると開局当時の明治30年頃、月額40円。当時の物価を現代に換算すると約3,800倍。つまり月額15万円! 東京市内(当時)の通話は月額料金を払えば無料だったのだが、東京から横浜の通話(市外電話)には、5分で15銭(現代に換算すると2,250円相当)かかったというから、まだまだ気軽なコミュニケーション手段ではなかったのだ。

 

🍀🍀🍀🍀

 

以上です!歴史の始まりはオモロいですね

最後まで、読んで頂き有難うございました!